世界一は「当たり前」から生まれた。スペインを頂点へ導いた“理に適った”フットボール
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世界一は「当たり前」から生まれた。スペインを頂点へ導いた“理に適った”フットボール

2010年は夢だった。2026年は、むしろ「勝つべくして勝った」と感じられた――。カーボベルデ戦のドロー発進から一切ブレることなく、理に適ったフットボールとマネージメントを貫いたルイス・デ・ラ・フエンテ率いるスペイン代表。戦術以上に世界一を決定づけたものとは何だったのか。現地で2度の優勝を見届けた木村浩嗣氏が、その本質を読み解く。

「理に適った」采配

優勝して一夜明けて思うのは、やはり2度目は違うということだ。

2010年はヒリヒリするような緊張感の中、とんでもない夢に向かっている高揚感があった。まさか、予選弁慶で本大会に入るとビビってこけ、決勝トーナメントに入ると帰り支度をして試合に臨んでいる有名選手もいたほど負け癖が染みついていた、あの“有敵艦隊”が……と信じられない思いだった。だが、今回はあまり期待もせずに始まったはずなのに、ポルトガル、ベルギーと倒すうちにその気になり絶対的な優勝候補だと思っていたフランスに完勝すると、アルゼンチンには普通は勝つだろう、という流れになっていた。で、枠内シュート数12本対0本に象徴される内容と結果となった。当たり前に勝てたので、あれが世界一を懸けた試合だったことがむしろ不思議なくらいだ。

スペインの世界一はまず第一にこの「理に適った」部分に根づいていた。

初戦カーボベルデ相手につまずいた。南アフリカでスイス相手に敗れたのと同じである。が、今回は国を挙げた大騒ぎにならなかった。あの時はセルヒオ・ブスケッツ、シャビ・アロンソの共存問題が起きた。当時のビセンテ・デル・ボスケ監督は「守備的、保守的」と大いに批判された。EURO2008王者として乗り込んだ大会だったが、指揮をしたのはデル・ボスケではなかった。優勝監督ルイス・アラゴネスのクビを切った連盟(当時のスポーツディレクターのフェルナンド・イエロにインタビューをし、そのあたりを突っ込んだ)への不信感が尾を引いていた。

対して、今回のルイス・デ・ラ・フエンテ監督はEURO2024優勝とネーションズリーグ優勝&準優勝監督である。文句を言うとバチが当たる。つまずいた理由も明確だった。ガビの左サイド起用という理に適わないことをしたら、理に適わない結果となった、というだけ。理に適ったことをすれば理に適った結果になるのは誰の目にも明らかで、その通りになった(詳しくは、連載記事『“プランD”失敗からスペインは何を学ぶか。「0-0→4-0」でハッキリ見えたW杯でやるべきこと』を参照)。

以降、采配がブレることはなかった。

サウジアラビア戦の先発メンバーとアルゼンチン戦のそれとは1人(ペドリ→ファビアン・ルイス)違うだけ。ローテーションをせず、フォーメーション([4-2-3-1])をいじらず、交代メンバーは同ポジション同士の同じ顔触れ(ファビアン→ペドリ、ダニ・オルモ→ミケル・メリーノ、ミケル・オヤルサバル→フェラン・トーレス等)だった。

スペインの当たり前を完遂

戦術的にも「理に適って」いた。

と言っても、ボールがなければ攻められない、というサッカーの大前提というか当たり前のことをなぞっていた、という以上の意味はない。

攻守ともに(難易度は高くとも)複雑なことをしているわけではない。攻撃は、後方の数的有利を前方の数的有利につなげる形で丁寧に時間をかけて行う。敵陣にチームが入っても、誰かが裏抜けしたり、ライン間に入り相手CBの前で前を向いたり、ラミン・ヤマルやマルク・ククレジャが突破を仕掛けない限り急がない。必ずシュートで終わる。守備は、近い距離感を利用してプレスに行く、カウンターを防ぎ1対1の対応関係ができたら(=ブロックが組めたら)、相手の動き方を見ながら下がっていく。

基本的な考え方は、プレスの第一波は行く、第二波は行けたら行くが無理せず下がって、スペースとパスコースを切りマークを徹底することを優先し、スぺースの穴を開けず、マークミスを犯さない。キリアン・エムバペやリオネル・メッシを完封した守備力が称賛されているが、これはパスをつないで攻めさせないこと込みの評価であって、純粋な守備時(相手ボール時)のアクションは当たり前のことをしているだけだ。

ラ・マシアだけではない「スペインらしさ」

デ・ラ・フエンテ監督が戦術家であるかどうかは、そもそもW杯の本大会に戦術家が必要なのか、というレベルから議論すべきだろう。彼の戦術的な最大の貢献は、EURO優勝の原動力だったウインガー(ニコ・ウィリアムス、ラミン・ヤマル)がケガや不振で不在だった時の手当を見つけ出したことだ。それが攻撃的MFアレックス・バエナの左サイド起用だったが、これは予選段階ですでに機能していたことを本大会でもやった、というのに過ぎない。むろん、エマージェンシーでの放り込み用にCFタイプ(フェランとボルハ・イグレシアス)を2トップで並べて[4-4-2]にする、とか策を採るのは監督の仕事なのだが、大会を通じて1度もリードされたことがないのでその必要はなかった。

そもそもバエナ左サイドが機能したのが監督の手腕なのか、というとそれだけではない。代表がやっていたのが、それこそ子供の頃からスペインでやっているサッカーのエッセンシャルなものなので、バエナとククレジャのボールの位置に応じた距離感とかポジショニングはオートマティズム化されていて監督が教えることはない。あるとすれば、次のプレーの選択の部分――強引でも速いセンタリングを入れろとかシュートを撃てとか、オルモを囮にして2、3列目の選手(ロドリ、ファビアン)へ折り返せ——とかだろう。育成との絡みで言えば、この世界一が育成力の成果であることは疑いない。2010年の原動力がバルセロナの中盤(シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ)だったのに対し、今回はビジャレアル(ロドリ)、ベティス(ファビアン)、ラス・パルマス(ペドリ)、ソシエダ(マルティン・スビメンディ)である。もう、スペインらしいMFはラ・マシア(バルセロナのアカデミーの愛称)の特産物ではなくなっている。底上げが進んでいる。

「家族」というマネージメントが世界一を生んだ

デ・ラ・フエンテ監督とそのスタッフは、世界一になるのに戦術よりはるかに決定的な仕事をした。それは尻上がりにチーム力が上がるためのマネージメント、より具体的に言えば、ケガ人を招集し大会中に仕上げていくことに成功したことだ。

ヤマル、ニコはケガと不調に苦しんでいたが招集した。結局ヤマルはEUROの時とは比べものにならないパフォーマンスに終わったが、彼を使い続け相手に脅威を与え続けることに意味があった。ポルトガルのヌーノ・メンデス、フランスのウィリアン・サリバ、アルゼンチンのリサンドロ・マルティネスと左サイドのDFが立て続けに負傷退場したのは、運が味方した面もあるがヤマルの存在も無視できない。決勝でアシストを挙げたニコは動きを見ていれば、かなり仕上がっていたことがわかる。もし次にもう1試合あったとすれば先発はバエナではなくニコだったろう。

最終的に勝利を決めたのは交代メンバーだったことは書き残しておきたい。延長戦の決勝ゴールで2010年のイニエスタに匹敵する存在となったフェランとアシストのニコ、ポルトガル戦とベルギー戦で決勝点を挙げたメリーノはいずれもベンチで先発メンバーを送り出した者たちだ。彼らの活躍、開幕時はマルコス・ジョレンテの控えだったペドロ・ポロの2得点の大爆発、ラフプレーまがいを連発されケガの危険にさらされ挑発に乗らない精神面のコントロールが必要で苦しかったウルグアイ戦でのジェレミ・ピノの振る舞いなどを見ていると、監督の言う「家族」という一体感が本当だったのだな、と思う。

スペインに限らず「家族」というのは代表監督の口癖で、クラブ監督の口からはあまり聞いたことがない。家に帰って気分転換ができるのなら不平不満は忘れられる。だが、合宿と大会を併せて2カ月間の、国民の期待という重圧を背負っての共同生活という特殊状況下では、微塵も亀裂があってはならない。機能的集団であるチームでは不十分で愛と尊重と赦しで結びつく家族でなければならない。デ・ラ・フエンテ監督はヤマル、ニコという家族を呼んだ。優秀なメディカルスタッフの医学的なOKをもらって。

「みんなの代表」が国を一つにした

連盟のPR戦略にも触れておきたい。

フェランが「このゴールは4700万人のスペイン人みんなのものだ」と言ったのは、綺麗事には響かなかった。今大会では「みんなの代表」という言葉がよく使われた。かつての「怒りの赤い集団」(Furia Roja)という愛称はプレースタイルと合わなくなっていた(アルゼンチンなら“怒りの水色の集団”だろうが)。このビデオを見てほしい。

スペイン代表公式YouTubeチャンネル:
https://www.youtube.com/watch?v=XJw15-ZB3kc

26人の招集メンバーをデ・ラ・フエンテ監督の口からではなく、北から南まで様々な場所でスペインの日常生活を支える老若男女の労働者たちの口から発表する形にし、最後に国王が出て来て「団結した国がみんなで一つの方向に進む」と締める。代表チームに愛国のメッセージを託すのはよくある。だが、かつて国民同士で血を流す内戦を経験し、カタルーニャとバスクの独立問題を抱え続け、今は移民政策と汚職を争点に左翼政権と右翼勢力に分断している国だからこそ、必要なメッセージだった。そういえば2010年の優勝時には「カタルーニャは優勝を祝福しているか?」なんて企画を組んだ。今なら疑いはない。答えはYESだ。国王の求心力が落ちキリスト教離れが進んでいる現在、「みんなの代表」こそが唯一国を一つにできる存在である。サッカーに分断を解決する力はないが、少なくとも大会中と優勝祝勝会の間だけはそれを忘れさせてくれる。

個人的なことを最後に。

まさか2度も世界一を体験できるとは30年前にスペインに来た時は想像もできなかった。生活させてもらい家族も作らせたもらった上に最高の喜びのおすそ分け。この国のみなさんに感謝してもし切れない。

写真/Getty Images

#強さの理由 #戦術深掘り